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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5524号 判決

原告

小澤きよ

右訴訟代理人

阿部昭吾

外三名

被告

谷川安弘

右訴訟代理人

佐野榮三郎

被告

下田有美

主文

一  原告が別紙第一目録(五)記載の土地につき通行権を有することを確認する。

二  被告谷川安弘は、原告に対し、別紙第二目録(二)及び(五)記載の建物を収去して別紙第一目録(五)記載の土地を明渡せ。

三  被告下田有美は、原告に対し、別紙第二目録(二)記載の建物から退去して別紙第一目録(五)記載の土地を明渡せ。

四  被告らは、原告が別紙第一目録(五)記載の土地を通行することを妨害してはならない。

五  原告の第一次的請求及び第二次的請求中その余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

(第一次的請求)

1 被告谷川は、原告に対し、別紙第二目録(一)、(二)記載の建物を収去して別紙第一目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五〇年七月三日から右土地明渡ずみまで一か月金二万八、二〇〇円の割合による金員を支払え。

2 被告下田は、原告に対し、別紙第二目録(二)記載の建物から退去して別紙第一目録(一)記載の土地を明渡せ。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行の宣言

(第二次的請求)

1 原告が別紙第一目録(三)記載の土地につき通行権を有することを確認する。

2 被告谷川は、原告に対し、別紙第二目録(二)、(三)の記載の建物を収去して別紙第一目録(三)記載の土地を明渡せ。

3 被告下田は、原告に対し、別紙第二目録(二)記載の建物から退去して別紙第一目録(三)記載の土地を明渡せ。

4 被告らは、原告が別紙第一目録(三)記載の土地を通行することを妨害してはならない。

5 訴訟費用は被告らの負担とする。

6 第2、3項につき仮執行の宣言

(第三次的請求)

1 原告が別紙第一目録(四)記載の土地につき通行権を有することを確認する。

2 被告谷川は、原告に対し、別紙第二目録(四)記載の建物を収去して別紙第一目録(四)記載の土地を明渡せ。

3 被告谷川は、原告が別紙第一目録(四)記載の土地を通行することを妨害してはならない。

4 訴訟費用は被告谷川の負担とする。

5 第2項につき仮執行の宣言

二  被告谷川

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用はいずれも原告の負担とする。

三  被告下田

1  原告の第一次的請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二〇年七月一日、訴外亡谷川久三郎(以下「久三郎」という。)に対し、原告所有にかかる別紙第一目録(一)記載の土地(以下「(一)の土地」という。)を、賃料は一か月坪当り二〇銭(その後漸次増額されて最終的には一か月坪当り二五〇円となつた。)との約で賃貸した。

2  久三郎は、(一)の土地上に昭和二七年頃から昭和四一年八月頃にかけて増築を重ねた末別紙第二目録(一)記載の建物(以下「(一)の建物」という。)を建築して(昭和四二年二月一三日所有権保存登記経由)、(一)の土地を占有していたが、その後、(一)の土地のうち別紙第二目録(二)記載の建物(以下「(二)の建物」という。)敷地部分を被告谷川に転貸した。

被告谷川は、昭和三三年一二月二五日、(一)の土地東側部分に(二)の建物を建築して、右(二)の建物を被告下田に賃貸し、以来被告両名は(一)の土地のうち右(二)の建物の敷地部分を占有している。

そのため、当時原告所有の一筆の土地であつた(一)の土地と別紙第一目録二記載の土地(以下「(二)の土地」という。昭和五二年一二月一七日(一)の土地から分筆された。)のうち(一)の土地の南側の(二)の土地は(一)の土地北側に存する公道に接しない袋地となり、(一)の土地上に通路がないために、従来原告方において畑として耕作していた(二)の土地は利用価値が失われ、空地として放置せざるを得ない状況に立至つた。

3  原告は、久三郎に対し、(一)の土地南側の(二)の土地利用のために、再三にわたり、(一)の土地内に(二)の土地から北側公道に通行する通路の拡張等の善処方を要請してきたが、久三郎はこれに応じなかつた。

4  そこで、昭和五〇年七月一日(一)の土地賃貸借契約の期間満了に際し、原告は、久三郎に対し、次の(一)ないし(三)の正当事由があることを理由に、口頭で(一)の土地の使用に継続に対し異議を述べた。

(一) 久三郎は(一)の土地東側部分を被告谷川に転貸し、同地上に(二)の建物を建築させるなど(一)の土地賃貸借契約に違反したこと。

(二) 久三郎が原告の再三にわたる要請にも拘らず、過去十数年間(一)の土地南側に存する(二)の土地の利用を妨害してきたことは、原告との信頼関係を破棄する背信行為であつて、契約を維持し難いこと。

(三) 原告としては、(一)の土地を原告の長男文夫の住居用に使用する必要があること。

5  仮に前項の更新拒絶が認められないとしても、原告は、昭和五〇年一二月、登記簿を閲覧して(二)の建物は被告谷川が建築したものであることを知り、同年一二月二六日、久三郎及び被告両名を相手方として、大森簡易裁判所に調停を申立て、右調停申立書をもつて、久三郎に対し前記第2項の無断転貸を理由に(一)の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右申立書は昭和五一年一月一四日久三郎に送達された。

6  久三郎は昭和五一年二月五日死亡し、被告谷川がこれを相続した。

7  (一)の土地の適正賃料額は一か月二万八、二〇〇円である。

8  よつて、原告は、被告谷川に対し、前記更新拒絶もしくは契約解除による(一)の土地賃貸借契約の終了を理由として、(一)の建物を収去して(一)の土地を明渡すことを求めるとともに、(一)の土地所有権に基づき、被告谷川に対し(二)の建物を収去して(一)の土地を明渡すことを、被告下田に対し(二)の建物から退去して(一)の土地を明渡すことを求め、かつ、被告谷川に対し、(一)の土地賃貸借契約終了後の昭和五〇年七月三日から(一)の土地明渡ずみまで一か月二万八、二〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

9  仮に以上の主張が容れられないとすれば、原告が(二)の土地を利用するには(一)の土地上に(二)の土地から公道に至る通路を開設する必要がある。

建築基準法第四三条及び東京都建築安全条例第三条によると、(二)の土地の宅地としての用途を全うさせるためには幅員四メートル以上の通路により公路に通じていることが必要とされ、また、建築基準法施行令第一四四条の四及び東京都大田区の道路位置指定技術基準によれば、隣接地境界線に沿つて道路を設定する場合、境界線より二五センチメートル以上離すとともに、既存道路に接続する部分においては、角地の隅角を頂点とする底辺四メートルの二等辺三角形の部分を道に含むすみ切り設けることが必要とされている。

従つて、原告は民法二一三条所定の囲繞地通行権に基づき、(二)の土地から公路に至るために(一)の土地中右規定の定める要件を満す部分を通行し得るものであるが、別紙第一目録(三)、(四)記載の各土地(以下「(三)の土地」及び「(四)の土地」という。)はそれぞれ(一)の土地東側ないし西側境界線に接しているため、これらの土地を通行の用に供しても(一)の土地の利用に与える影響は比較的少なく、また、(三)の土地上に存する建物はいずれも原告に無断で新築又は増築されたものであるから(因に、(一)の土地東側隣接の訴外清水正雄所有の東京都大田区中央八丁目四九番一の土地上には両訴外人所有の住居兼店舗があり、右建物一階の店舗及び二階の二部屋は(二)の建物占有者である被告下田が賃借使用している。)、右(三)、(四)の土地のいずれかに原告のために通行権が設定されるべきである。

10  よつて、原告は、第二次的請求として、原告が(三)の土地につき通行権を有することの確認を求めるとともに、被告谷川に対し、(二)の建物及び別紙第二目録(三)記載の建物(以下「(三)の建物」という。)を収去して(三)の土地を明渡すことを、被告下田に対し、(二)の建物から退去して(三)の土地を明渡すことを求め、被告両名に対し、原告が(三)の土地を通行することの妨害の禁止をそれぞれ求め、これが認められない場合には、第三次的請求として、原告が(四)の土地につき通行権を有することの確認を求めるとともに、被告谷川に対し、別紙第二目録(四)記載の建物(以下「(四)の建物」という。)を収去して(四)の土地を明渡し、かつ、原告が(四)の土地を通行することの妨害の禁止を求める。

二  請求原因に対する被告谷川の認否及び主張

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実中、久三郎が(一)の土地上に(一)の建物を建築したこと、被告谷川が昭和三三年一二月二五日(一)の土地東側部分に(二)の建物を建築し、これを被告下田に賃貸したこと、原告所有の一筆の土地であつた(一)、(二)の土地が昭和五二年一二月一七日分筆されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  第3項の事実は否認する。

4  第4項の事実は否認する。昭和二〇年当時、(一)、(二)の土地を含む周辺の土地は原告の亡夫訴外小澤本造(以下「本造」という。)が管理しており、久三郎は本造との間で(一)の土地賃借の交渉をするに当り、当初(二)の土地をも含めて一筆の土地全部の賃借を申入れたが、当時(二)の土地は近隣居住の訴外飯田勇次郎が賃借耕作していたため、右訴外飯田から返還を受けた後にこれを賃借する約で(一)の土地を賃借した。当時は付近に住宅がなく、(二)の土地への出入は自由であり、訴外飯田が明渡した後で久三郎が賃借する約であつたから、(一)の土地に(二)の土地から北側の公道に通ずる通路を開設する要もなかつた。その後、訴外飯田は(二)の土地を返還したが、本造は自ら耕作するとのことでこれを久三郎に賃貸することを拒否し、(一)の土地内を通つて(二)の土地の耕作に従事していたが、本造死亡後は(二)の土地は耕作されることなく放置されていた。

5  第5項の事実中原告が昭和五〇年一二月に被告谷川が(二)の建物を建築した事実を知つたことは否認するが、その余の事実は認める。

久三郎は瓦職人で、その子である被告谷川と共に(一)の土地上に(一)の建物を建築して生計を営んでいたが、昭和三〇年頃眼病を患つて失明し、仕事一切を被告谷川に譲らざるを得なくなつたが、このことは(一)、(二)の土地を管理していた本造の熟知するところであつた。そして、昭和三三年、被告谷川は、(一)の土地東側部分に材料置場と職人宿泊のため(二)の建物を建築したが、(二)の土地の耕作に通つていた本造はこれを知りながら何ら異議を述べることはなかつたから、仮にこのことが(一)の土地の転貸に当るとしても、原告は暗黙の裡にこれを承諾したものというべきである。

6  第6項の事実は認める。

7  第7、8項の主張は争う。

8  第9項の事実中原告主張の如き法規が存すること、被告下田が(一)の土地東隣の訴外人所有建物を使用していることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

三  請求原因に対する被告下田の認否

1  第1項の事実は知らない。

2  第2項の事実中被告下田が(二)の建物及びその敷地部分の(一)の土地を占有使用していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告下田は昭和三六年頃久三郎から(二)の建物を賃借した。

3  第3、4項の事実は知らない。

4  第5項の事実中原告主張の調停申立がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

5  第6、7項の事実は知らない。

6  第8項の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一第一次的請求について

1  原告が昭和二〇年七月一日久三郎に対し(一)の土地を原告主張の約定で賃貸したこと、久三郎が(一)の土地上に(一)の建物を建築したこと、被告谷川が昭和三三年一二月二五日(一)の土地東側部分に(二)の建物を建築し、これを被告下田に賃貸したこと、久三郎は昭和五一年二月五日死亡し、被告谷川がこれを相続したことは原告と被告谷川との間において争いがない。

2  〈証拠〉によれば、原告方では昭和四〇年代頃からしばしば久三郎に対し(一)の土地の返還を要求しており、遅くとも期間満了時には返還を受けられるものと考えていたので、昭和五〇年七月前記賃貸借の期間満了の際にも久三郎に対し(一)の土地の返還を要求し、その後の使用の継続に対し異議を述べたことを認めることができる。

そこで、右更新拒絶についての正当事由の有無について判断する。

まず、原告は(一)の土地の転貸がなされた旨主張するが、〈証拠〉によれば、久三郎は瓦職人であつたが、昭和三〇年頃眼痛を患つて失明し、以後その家業は妻恒子及び子である被告谷川により維持されていたこと、そして、(二)の建物は、そのような立場にあつた被告谷川が、階上を従来の宿泊用に、階下を倉庫等として使用するために建築したものであることが認められるから、〈証拠〉によれば、(二)の建物については昭和四二年二月一六日付で被告谷川名義の所有権保存登記がなされていることが認められるとしても、右事情の下においては、久三郎の子である被告谷川が(二)建物を建築したことをもつて、久三郎が(一)の土地のうち(二)の建物敷地部分を被告谷川に転貸したものとみるのは当らないというべきである。のみならず、〈証拠〉によれば、その頃、原告方では(一)の土地南側の(二)の土地(当時両地は一筆の土地であつた。)を耕作するため(一)の土地上の(一)の建物と(二)の建物の間を通つて(二)の土地に出入し、また、賃料取立のためにもしばしば久三郎方に来ていて、右認定の如き久三郎方の事情は十分窺知していたにも拘らず、これに対し何ら異議を唱えていないことを認めることができるから、原告方としては右事態を暗黙の裡に承認していたもめというべきであり、いずれにしても(一)の土地の無断転貸をいう原告の主張は認めることがない。

次に、原告は(二)の土地の利用妨害を主張する。〈証拠〉によれば、久三郎が(一)の土地を賃借した当時、一筆の土地であつた(一)、(二)の土地周辺は一面の焼野原で周囲には右土地への出入を妨げるものはなかつたこと、久三郎は賃借に当り、(一)の土地のほかその南側の(二)の土地部分の借受も希望したが、戦後の食糧難時代であつて、(二)の土地部分は近隣居住の訴外飯田が耕作していたため、右(二)の土地賃借の希望は容れられなかつたこと、その後訴外飯田は(二)の土地の耕作を止めたが、同土地を賃借したい旨の久三郎の再度の申込は拒否され、以後同地の耕作は前記認定のとおり原告方で行うこととなり、その頃はすでに近隣に建設も増加し、原告方では(一)の土地内の空地を通つて(二)の土地の耕作を行つていたこと、しかし、昭和三〇年代終り頃には、いつとはなしに右耕作は中止され、原告方では付近に多くの土地を所有していたこともあつてか、以後(二)の土地は空地のまま放置されていたことが認められ、〈る。〉

右事実からすれば、(二)の土地の使用妨害があつた旨の原告の主張も採ることはできない。

なお、原告(一)の土地を使用する必要がある旨主張し、〈証拠〉によれば原告では(一)の土地の返還を受けた場合は、これを原告の養子のための建物敷地として利用する希望を有していることが認められるが、〈証拠〉によれば、原告自身は(一)土地近隣に二五〇坪余の宅地と同地上建物を所有していることが認められるほか、被告谷川は現に(一)の土地上に(一)の建物を所有し、これを営業並びに居住の用に供してその生計を維持していることはすでにみたとおりであるから、右程度の事柄をもつてしては(一)の土地賃貸借の更新拒絶についての正当事由となすことができないものというべきであるからこの点の原告の主張もまた理由がない。

従つて、原告のなした前記更新拒絶の申入れは、正当事由を具備しないものというほかはなく、その効力を認めるに由ないものである。

3  次に、原告が昭和五〇年一二月二六日久三郎を相手方として大森簡易裁判所に調停を申立て、翌五一年一月一四日久三郎に送達された右調停申立書をもすて、久三郎が被告谷川に対し(一)の土地のうち(二)の建物敷地部分を転貸したことを理由に(一)の土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは原告と被告谷川との間に争いがない。

しかし、被告谷川が(一)の土地東側に(二)の建物を建築したことをもつて、右(二)建物敷地の無断転貸に当るとみるべきでないことは前項判示のとおりであるから、原告の右解約解除の主張は理由がない。

4  そうすると、被告下田が(二)の建物を占有して(一)の土地のうちその敷地部分を占有していることは原告と被告下田との間に争いがないが、被告谷川が原告所有の(一)の土地につき賃借権を有し、これに基づき(一)、(二)の建物を所有していることは前判示のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、久三郎(その承継人被告谷川)と被告下田との間には(二)の建物につき賃貸借関係が存することが認められるから、原告が(一)の土地所有権に基づき、被告下田に対し(二)の建物からの退去を求める請求も理由がない。

二第二次的請求について

1  そこで、進んで、袋地通行権の有無について判断する。

いずれも原告が所有する(一)の土地と(二)の土地はもと一筆の土地であつたが、昭和五二年一二月一七日(二)の土地が(一)の土地から分筆されたことは原告と被告谷川との間に争いがなく、原告と被告下田との間においては弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

しかして、〈証拠〉によれば、(二)の土地はその東、西、南の三方を第三者所有の土地に囲繞され、その北方には(一)の土地があるため、(一)の土地の北側にある公道には接していないことが認められるところ、(一)の土地は(二)の土地同様に原告の所有に属するものであるが、前述のとおり(一)の土地については被告谷川が借主久三郎の相続人として賃借権を有し、これを排他的に利用している関係にあるから、(二)の土地所有権者である原告は、被告が賃借権を有する(一)の土地につき、(二)の土地所有権に基づき民法第二一三条に定める法定通行権を有するものというべきである。

判旨2 そうすると、(一)の土地内に、(二)の土地から(一)の土地北側の道路に接する通路を設けるべきこととなるが、〈証拠〉によれば、(一)、(二)の土地周辺はすべて一般住宅用敷地として利用されていることが認められるから、(二)の土地は現在は空地であるが、将来はこれを同様に一般住宅用敷地として利用するのを相当とすべきである。しかして、右宅地としての用途に適つた利用をまつとうさせるためには、同地上に建築し得る建物の建築の制限に関する行政取締法上の規制は当然にこれを考慮せざるを得ないものというべきところ、建築基準法第四三条第二項に基づき制定された東京都建築安全条例(昭和二五年一二月七日条例八九号)第三条によれば、建築敷地が路地状部分のみによつて道路に接する場合には、その敷地の路地状部分の幅員は、その長さが二〇メートルまでのときは三メートルとされているが、建物の延べ面積が二〇〇平方メートル以上のときは、右幅員は四メートルとする旨定められている。

ところで、(一)の土地の奥行は、別紙図面のとおり、東側において14.25メートル、西側において14.29メートルであるから、(二)の土地から(一)の土地北側の道路に通ずるため(一)の土地上に設置すべき路地状部分の長さが二〇メートル以下となることは明らかであつて、その幅員は三メートルとなるべきであるが、他方、(二)の土地の面積は232.66平方メートルであるから、同地上には延べ面積二〇〇平方メートル以上の建物の建築が可能であることも明らかであり、その場合には右路地状部分の幅員は四メートルとすべきこととなる。

しかしながら、袋地通行権の制度は、袋地利用のために、囲繞地の利用を制限するものであるから、その及び得る範囲は、両地の利益の比較考量の上に立つて、袋地利用に必要で、かつ、囲繞地のために最も損害の少い限度で認めるべきことはいうまでもないところ、すでにみたとおり、被告が(一)の土地全体を(一)、(二)の建物の敷地として利用している現状の下において、(一)の土地に通路を開設することにより被告の右土地利用に課せられることとなる負担を考慮しつつ、他方、前記認定の如き本件袋地が形成されるに至つた経違を考慮するときに、原告による(二)の土地の宅地としての利用についても多少の制約が加えられることがあつてもやむを得ないところというべきであるから、原告に対し、(二)の土地につき延べ面積二〇〇メートルを超えない限度の建物の建築を認めれば足り、これを超える建物の建築による利用までを認める必要はないというべきである。そうすると、右通路幅は、これを三メートルの限度において認めるをもつて足り、ここに本件における袋地と囲繞地両地の利用の調和を求めるのが相当というべきであり、それが制度本来の趣旨にも合致する所以であるというべきである。

なお、原告は、大田区の道路位置指定技術基準によるすみ切り等を要求するが、右基準は、建築基準法第四二条第五号により同法上の道路として特定行政庁から道路位置の指定を受ける場合に遵守さるべきものであつて、同法第四三条の接道義務に基づいて設置すべき路地状部分の幅員には直接かかわらないものと解すべきであるから、右基準は右路地状部分の幅員の決定に当り斟酌しない。

3  そこで、次に右幅員による通路を設定すべき位置についてであるが、これは原告主張のとおり、(一)の土地の東西いずれかの境界沿いに帰すものというべきところ、これを西側にとると、被告谷川は(一)の建物の相当部分を取毀すことを余儀なくされることとなり、これにより同被告の被る不利益は極めて甚大となる。他方、これを東側にとつた場合には、被告谷川としては、(二)の建物の収去を余儀なくされるが、(一)の建物については多少の変更を加えれば足りる上に、前掲証人谷川の証言によれば、現に(二)の建物を占有使用中の被告下田は、その東側に隣接する訴外清水所有の建物も賃借使用していることが認められることを考慮すれば、これにより被る不利益は前者の場合に比し少いものといえるから、原告は、(一)の土地東側境界線から三メートルの範囲、即ち、別紙第一目録(五)記載の土地(以下「(五)の土地」という。)につき通行権を有するものと認めるのが相当である。

従つて、原告は、右通行権に基づき、被告谷川に対し、(五)の土地上の(二)の建物及び別紙第二目録(五)記載の建物を収去して右(五)の土地を明渡すことを、被告下田に対し、(二)の建物から退去して右(五)の土地を明渡すことを、被告両名に対し、原告が(五)の土地の通行をすることを妨害しないことを求める権利がある。

三結び

以上判示のとおり、原告の本訴請求は、第二次的請求中右認定の限度において理由があるから、これを認容し、第一次的請求及び第二次的請求中右限度を超える部分はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(落合威)

第一目録

(一) 東京都大田区中央八丁目四八番一

一 宅地 232.95平方メートル

(二) 東京都大田区中央八丁目四八番二

一 宅地 232.66平方メートル

(三) 右(一)の土地のうち別紙図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地六一平方メートル

(四) 右(一)の土地のうち別紙図面の(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ヘ)の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地六一平方メートル

(五) 右(一)の土地のうち別紙図面の(ニ)、(ホ)、(ル)、(ヲ)、(ニ)の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地

第二目録

(一) 東京都大田区中央八丁目四八番一

家屋番号  四八番一

一 木造瓦葺二階建居宅  一棟

床面積 一階 109.45平方メートル

二階 9.91平方メートル

(二) 右同所同番一

家屋番号  四八番二

一 木造瓦葺二階建居宅  一棟

床面積 一階 17.35平方メートル

二階 17.35平方メートル

(三) 右(一)の建物のうち第一目録(三)記載の土地上にある建物部分

(四) 右(一)の建物のうち第一目録(四)記載の土地上にある建物部分

(五) 右(一)の建物のうち第一目録(五)記載の土地上にある建物部分

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